2024-12-14

618杯目:富士そば王子店でピリ辛味噌そば

 少々お時間いただきます――。

 富士そばで店舗限定メニューを頼んだとき、この一言が付け加えられると、不思議な高揚感が胸の内に広がる。数分後に現れる未知の一杯を思い浮かべるだけで、期待がじっとりと膨らんでいく。
 料理の迅速な提供こそ、立ち食いそば店の本懐だ。慌ただしい日々のなかで、手早くおなかを満たす。その需要に応えるべく、店はオペレーションを工夫し、提供できる料理を絞りこむ。しかし「少々お時間いただきます」の一言が、その哲学を遠くへ押しやってしまう。いや、裏を返せばこれは店からの挑戦状なのではないか。時間をかけても食べる価値がある、そんな一杯を用意していますよ、と。

 富士そば王子店で「ピリ辛味噌そば」(760円)を注文したときも例の一言が飛び出した。食券を受けとったスタッフは小鍋を取り出して、つゆの準備をはじめた。そう、作り置きではない。それだけで期待値がぐんと跳ね上がる。
「お待ちいただきます」という割に長くは待たされなかった。注文から提供までおよそ3分。あっという間だ。富士そばの厨房は、我々が知る時間軸とは異なる法則が働いているのかもしれない。あるいはスタッフのスタンド能力で「時間を吹き飛ばした」か。

「ピリ辛味噌そば」は、そばの常識を軽やかに飛び越えるビジュアルだった。赤味を帯びたつゆは、担担麺のそれを彷彿とさせる。おそらく、かけつゆと味噌だれのミックス。品名には「ピリ辛」とあるが想像以上に辛い。けれども、その背後にはクリーミーな味わいも潜んでいて、舌の上で辛さとまろやかさがせめぎ合う。喧嘩しているようで仲がいいトムとジェリーのような、そんな味わいなのだ。
「そば」として見るとかなりの変化球ではあるが、そんなことはどうでもいいのである。冷えた身体をじんわりと温めてくれるこの一杯は、そばであろうがなかろうが、ただただ美味いのだ。

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