341杯目:富士そば三光町店で富士金時そば
2020年7月16日、午前7時。「三光町店」はいつもよりあわただしい朝を迎えていた。この日、新たな独自メニューが提供される。店長は客足が途切れたのを見計らって、券売機のボタンから古いメニューを取り外し、手早く新メニューへと差し替える。A4用紙を貼り合わせたポスターは、店の入り口に。大きくあしらわれたメニューの写真は、一見すると宇治金時。誰もが見覚えのある氷菓かと思いきや、器の底にそばがチラリとのぞく。じつはこれ、宇治金時から着想を得た創作そば。その名も「富士金時そば」(520円)なのである。
これまで「まんじゅ天そば」のように、和菓子をトッピングしたそばは存在した。しかし、アイデンティティそのものを和菓子に寄せていったのは、はじめての試み。富士そば史上、もとい立ち食いそば史上、極めて稀な例といえるだろう。
交わることのなかった2つの領域が溶けあう、歴史の転換点を垣間見た思い。ポスターを貼る店長の神妙な面持ちが強く印象に残った。
宇治金時をモチーフにするアイデアは、去年の夏ごろから温めていた。ちょうど「いくら風タピオカ漬け丼」の販売時期とも重なる。タピオカ漬け丼とは、小粒のタピオカを醤油漬けにしてご飯に盛りつけた、なんちゃっていくら丼。タピオカブームも手伝って、SNSで話題に。雑誌・テレビ・ネットニュースがこぞって取り上げ、多いときは一日200杯以上を売り上げた。
秋口になり、タピオカ漬け丼ブームがやや落ちついたころ、店長と話す機会があった。功績を鼻にかけることもなく、店長の関心はすでに来年の夏に向いていた。「宇治金時でそばをつくってみたいんですよね」。思わぬ言葉にのけぞる。タピオカ漬け丼ですら、グレーゾーン(ぎりぎりアウトか?)なのに……。果たして、どんなメニューが生まれてしまうのだろう。
その答えが、一年の月日を経て目の前に突きつけられたわけである。結論からいうと、見た目に反してそばの要素が強く出た一品である。ベースになるのは、そばつゆが入ったいつもの盛りそば。そこへ、かき氷をイメージした抹茶入りの大根おろしをたっぷり乗せて、仕上げに餡子と白玉2つを添えた。ごていねいにも餡子には練乳が。「親切の押し売り」という言葉が頭をよぎる。
大根おろしそばのアレンジといってしまえば簡単なのだが、餡子がかなりのくせ者である。白玉は味がついていないので飾りのようなもの。しかし、餡子はしっかり甘い。この甘みをどう攻略するかが、富士金時の肝といえるだろう。
白玉との組み合わせは、まあ間違いがない。正攻法といえるだろう。大根との組み合わせはどうか。こちらは、大根の甘みと水気が餡子の持ち味をかき消してしまった。ならば、そばに絡めてみよう。あ、これは意外と悪くない。昔、取材先で黒蜜がかかったそばがき食べたことあるし。けれど、「正解」かといわれると自信がない。うーむ。
つゆに溶いてみたり、そば・おろしといっしょに食べてみたり。脳みそをフル回転させながら食べ進めているから味に集中できない。気づけば器が空になってしまった。なにやら肩透かしを食らったような気分になる。
「攻略」と書いたが、不味いわけではない。美味しいかも、と感じる瞬間だってある。けれど、最後までつかみどころがない。我々にはまだ到達できない味覚なのかもしれない。このひと夏の間に、答えを見つけたいものである。
希少性:★★★ インパクト:★★★ コスパ:★★☆
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