2024-07-14

コラム11:富士そば池袋店で生まれて30年……カレーかつ丼の歴史を紐解く

カレーライスとかつ丼が夢の競演

 富士そばの名物とはなにか、折に触れて考えます。彩り豊かな「特選富士そば」か、それとも、食べごたえのある「肉富士そば」か――。 カップ麺にもなった「紅生姜天そば」もコアなファンが多いと聞きます。いずれも欠かせないメニューですが、知名度の高さを踏まえると「カレーかつ丼」(680円)こそ富士そばの名物にふさわしいのではないでしょうか。

富士そばが生んだキメラ「カレーかつ丼」

 カレーかつ丼は、その名のとおりカレーライスとかつ丼のハイブリッド。いや、悪魔合体というべきか。ライスの中心にかつとじを乗せて、そのまわりにカレーソースをぐるりと一周。初見時は「こんなメニューが許されていいのか……」と戦慄を覚えたものです。しかし、戸惑いとは裏腹に、私はこれら褐色の一団に抗うことはできませんでした。かつとじのタレの甘さとカレーソースのほどよい辛さがコントラストを成し、本能に訴えかけてくるような味わい。かつは70点満点のクオリティで、この美味しすぎない絶妙なラインがいい。ジャンクな美味さが底上げされて、より高い次元に昇華されています。

「カレーかつ丼」の構成要素

 一度見たら、忘れたくても忘れられない一品。それがカレーかつ丼です。美味しいものをニコイチするというド直球すぎるコンセプトから、ときには”バカの食べものと茶化されることも。あまりにもないい方ですが、それは愛情の裏返しのようなもので、SNSには好意的な意見があふれています。メディアで取り上げられることも多く、インパクトのあるビジュアルも手伝って「富士そばといえば、カレーかつ丼」と認識している人も少なくないでしょう。
 それにしても気になるのは、カレーかつ丼のカロリーです。大衆の欲望を具現化したようなメニューなので、カロリーもすごいことになっているはず。具体的な数値が公になれば、カレーかつ丼が食べられなくなる人も出てくるでしょう。それを懸念してか、富士そばはカレーかつ丼のカロリー表記を長く「調査中」としています。見たくないものにはフタをする。カロリーという「罪悪感」を通じて、富士そばと客は共犯関係が結ばれているのです。

特撰富士、肉富士よりも歴史が長いカレーかつ丼

 お店のブランドイメージが長い時間をかけて醸成されていくように、その店の名物もまた一朝一夕に生まれるものではありません。名物には「歴史」が伴うものなのです。
 では、私が推しているカレーかつ丼にはどれほどの歴史があるのでしょうか。鈴木弘毅氏が著した『愛しの富士そば』(洋泉社)によると、カレーかつ丼が販売されたのは1995年頃とあります。なんと30年近いロングセラー! マクドナルドの「ハッピーセット」と同級生です。
 カレーかつ丼の誕生から遅れること3年、先述した特選富士そばの販売がスタート。肉富士そばの販売も2000年頃なので、カレーかつ丼は看板メニューのなかでも古参の部類といえそうです。

「カレーかつ丼」の歴史は池袋店からはじまった

 いまでこそ大半の店舗で見かけるカレーかつ丼ですが、もともとは池袋店の限定メニューでした取り扱い店舗一覧)。開発したのは、社内でも一目置かれる名物店長(当時)Kさん。これまでに20種類以上のオリジナルメニューを生み出した富士そばのレジェンドです。カレーかつ丼は、Kさんの代表作のひとつで「やっぱり、がっつりいける肉系メニューでしょ!」との発想から開発されたそうです。さすがレジェンド、富士そばユーザーが抱く本質的なニーズをがっちりと掴んでいます。
 カレーかつ丼といえば、あのユニークな盛りつけです。以前ご本人にお会いした際もその話になりました。なんでも、あの盛りつけは「フランス料理」を意識しているとのこと。なるほど、カレーソースを一周させるところがどことなくフランス料理に見えなくもない(?)。凡人にはとても到達できないクリエイティビティこそ、レジェンドのレジェンドたる所以なのでしょう。

Kさんは「散歩の達人」153号(2008年)の富士そば特集にも登場

 Kさんは、この盛りつけに並々ならぬ思い入れがありました。一般的なカレーライスのように片側にソースをかけるのはNG。上から全がけするのもNG。”ソースぐるり”だけをよしとしました。いまでは当たり前についてくる福神漬けも、Kさんにとっては蛇足にしか映りませんでした。そういわれると、福神漬けの強い発色が洗練を欠いているように見えるから不思議です。

じつは「福神漬けなし」が正調だった!

 しかし、Kさんの思いとは裏腹に福神漬けありがデフォルトに。カレーライスからくる固定観念のせいか、福神漬けをつけてしまう店員や店舗が多かったことが理由にあるといいます。これにはKさんも「せめて、別皿で出してほしいよね……」と苦笑い。もし、Kさんが妥協しなければ、カレーかつ丼は他店舗に展開することもなく、歴史の影に埋もれていたかもしれません。
 ちなみに、カレーかつ丼のカレーソースはミニカレーと同量だそうです。一度でぐるりとカレーソースをかけるのが熟練者の証なので、注文したときに店員の手元をチェックしてみましょう。

富士そばでカツカレーを見かけない理由

「カレーかつ丼」よりも希少な「カツカレー」

 さて、カレーかつ丼を取り上げる以上、富士そばの「カツカレー」に触れないわけにはいきません。じつをいうとカツカレーはカレーかつ丼よりも希少な存在です。約110軒の店舗があるなかで、カツカレーを取り扱うのは5軒に満たないと思います。
 なぜ、カツカレーが希少な存在なのか。それは厨房のオペレーションに関係しています。富士そばの揚げ物は基本的に揚げ置きなので、つゆをかけたり、タレで煮こんだりしてから提供されます。しかし、熱々のカツカレーを提供するとなると、都度、かつを揚げなくてはなりません。スピード重視の立ち食いそば店にとって、かつの揚げ時間は致命的なタイムロス。おのずとカツカレーを取り扱う店舗も少なくなるわけです。こうした都合を踏まえると、かつ丼やカレーかつ丼は富士そばのオペレーションに最適化されたメニューといえます。

競合店にまで広がる、カレーかつ丼の輪

 約30年という長い歴史のなかで、カレーかつ丼はさまざまなメニューに派生しています。コンセプトがコンセプトだけに、欲望を解き放つための受け皿として機能しているのかもしれません。なかには、本家超えのインパクトを狙う気鋭の店長もいるのではないでしょうか。そんなカレーかつ丼の“沼”は、競合店すら飲みこんでしまうようです。

①チーズカレーかつ丼
 三光町店、日暮里店限定のバリエーション。三光町店にはチーズかつ丼用のタバスコも用意されている。

②ミニカレーかつ丼
 ミニサイズのカレーかつ丼。かつが4切れから2切れになっている。

③ミニひれカレーかつ丼
 ロースかつではなく、ひれかつを使用。ミニサイズだが②のミニカレーかつ丼とは異なり、かつが4切れ入っている。

④贅沢カレーかつ丼
 黄金の器に盛られた、カレーかつ丼の豪華版。三元豚を使ったかつは分厚く、食べごたえある。秋葉原電気街店や代々木八幡店などの12店舗で販売中。

⑤大きいカレーコロッケのカレーかつ丼風
 2021年の「大きいカレーコロッケ」販売期間中に代々木八幡店で登場。コロッケが大きすぎて、玉子とじが意味を成していない。終売。
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⑥カレー親子丼
 炭火親子丼をカレーかつ丼風にアレンジ。炭火のスモーキーな風味がくせになる。
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⑦よくばりコンボ
 カレーライス・かつ丼・牛丼を融合させた、カレーかつ丼の進化系。ここ最近は、牛肉ではなく豚肉(豚丼)が使われる。
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⑧ゆで太郎版カレーかつ丼
 2021年、代々木八幡店がライバル店である「ゆで太郎」のメニューをパクり、両者の間で抗争が勃発(というメディアの企画)。ゆで太郎は報復として、カレーかつ丼をパクリ返した。終売。
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⑨蕎麦食堂いけち版カレーかつ丼
 富士そばの元店長が板橋区に「蕎麦食堂いけち」をオープン。富士そばの遺伝子を受け継ぎながらも、独自の味を追求している。カレーかつ丼は富士そばの公認。
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⑩THE CURRY SCRAMBLE版カレーかつ丼
 松屋銀座で開催された催事「THE CURRY SCRAMBLE」で登場。スパイス料理研究家・一条もんこ氏の”激推しメニュー”として、本人自ら調理し、客に提供した。
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 いまや創造主の手を離れ、一人歩きをはじめているカレーかつ丼。多彩なバリエーションが生まれるのは、それだけ多くの人々を虜にしているからにほかなりません。そう、みんなカレーかつ丼が大好きなのです。富士そばはカレーかつ丼のレシピをオープンソース扱いにして、世間に公開するべきです。それがカレーかつ丼のさらなる発展につながるのではないでしょうか。
 2025年はカレーかつ丼の販売30周年にあたります。なにか大きな企画が用意されているのではないかと、いまから楽しみでなりません。

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